最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Kevin Wilson, “Another Little Piece” (Prime Number Magazine, 2010)

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あらすじ

・約1900ワード
・人生に絶望している語り手(オスカー)のもとへ母親から自助グループのチラシが送られてきて、しぶしぶながら〈ミッシング・アワセルブス(Missing Ourselves)〉という団体に参加する。
・〈ミッシング・アワセルブス〉には脚や指など、自分自身(self)の一部を失った人たちが集まっていた。
・語り手は中学時代に飲酒運転の車に轢かれて、左耳、左腕の肘から先、そして左足の大部分を切断した。そのせいで歩き方もぎこちなくなり学校にもうまくなじめず、大学を中退してからはフリーター生活を送っていた。「いまだに誰ともセックスしたことはなく、激烈に孤独だった(I still hadn’t slept with anyone and I was lonely as hell.)」。
・夜になると切断された手足が深夜に電話してきて「ぼくもきみとおなじくらい寂しいよ」と話しかけてくる夢を見る。
・集会に初参加。それぞれサメに食われたり交通事故に遭ったり生まれつきだったりで身体のどこかに欠損があるのだと告白していく。その最中に語り手はある女性に目をとめる。彼女は両腕がなかった。にもかかわらず、完璧に美しかった。
・女の名はベティといった。交通事故で右腕を失い、退院後に泥水して線路に寝転んで電車に轢かれ左腕を失ったという。
・ベティが語り手に話しかけてきて、事故にあったのは若いときだったかどうかを訊ねる。語り手がうなずくと、彼女は「子どもなら学び直せる時間があるからマシだよね。私は二十九歳でこうなったから、慣れるまで五年かかった」と語る。主人公も学校自体はからかわれて辛かったと反駁するが、ベティは「でもあなたはハンサムだから」と褒める。
「でも、耳がない」と語り手。
「完璧な顔なんていらないよ」とベティ。
・語り手とベティは集会に用意されていたクッキーをシェアする。散会すると、語り手はベティを車で送っていこうと申し出る。車内でふたりは打ち解ける。「私たちみたいな人間は何だって笑い飛ばせる。そういうルールなの」
・良い感じの雰囲気でベティの家に到着。彼女は降りると「楽しかった。うちに招待したいけれど、でも夫を待たせてあるから」と告げる。語り手はベティに夫(身体的欠損はない)がいた事実にショックを受けるが、なるべくそれを顔に出さないようにつとめようとする。
・ふたりは翌週も集会に来る約束をし、キスをして別れる。



感想

・童貞ミーツ年上の女性。主人公は身体を欠損したことで他者や社会とのつながりまで失った状態なのだが、おなじく欠損を抱えた女性とつながれそうになる。しかし、結局は彼女と恋仲になることはできない……という話なのだけれど、失望の物語のようでもあるし、それでも続いていく関係に希望を見いだす物語であるようにも読める気がする。どうなんだろう。ラストの段落の意味がちょっとうまく取れない。
・身体的な欠落をそのまま心的な欠落に象徴させて綴る文学的な技巧はちょっと危うい印象もあるのだけれど(そのことについては後述のインタビューでもウィルソン自身認めている)、まあケヴィン・ウィルソンはこうした「喪失」や「疎外」にオブセッションのある作家だ。
・お気に入りは、切断された身体のパーツが夢の中で電話をかけてくるくだり。
“You probably don’t believe this, but I miss you just as much as you miss me.”
「信じないかもしれないけれど、きみと同じくらいぼくもきみが恋しいんだよ」
・珍しいことに(?)掲載ウェブジンでは作品のあとに短い作者インタビューがついている。
「身体欠損についての物語や詩はときどきメタファーに偏りすぎるきらいがあり、本作もおなじ問題を抱えているとおもいます。それでも書こうと思ったのは、ネルソン・オルグレン(1940年代から50年代にかけて活躍したデトロイト出身の小説家。底辺層の人間たちの生活を描き「下層階級の吟遊詩人」と呼ばれた。全米図書賞を受賞した代表作『黄金の腕』は、オットー・プレミンジャー監督で映画化もされた)の The Face on the Barroom Floor という小説に刺激されたからです」
・The Face on ~ の主人公であるレイルロード・ショーティは両足のない人物で、劇中の他のキャラには止めることのできない激しい衝動や暴力をふるう役回りなのだそう。The Neon Wilderness という未邦訳の短編集に入っている。オルグレンはつい最近、「分署長は悪い夢を見る」が『MONKEY』で訳されていて、もしかしたらいつか柴田元幸先生が短編集も訳してくれるかもしれない。
・Q&Aの他の項目で「あなたがロシアの偉大な作家たち、特にトルストイからの影響を受けているのは自明ですが~」と質問されて「いや、ロシアの作家はほとんど読んでいません。(トルストイは)『イワン・イリッチの死』くらいかな。ロシアの作家でたくさん読んだのはゴーゴリだけです。大人になってからはロシアの大作家たちを読んだふりをすることに人生を費やしてきました」と返すのがおかしい。