最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Charles Yu, "Troubleshooting"(2012)

・短編集"SORRY PLEASE THANK YOU"より。
前回の "Problems for Self Study"でチャールズ・ユウの短篇に興味が出てきたので、既訳の「システムズ」*1、「OPEN」*2、「NPC*3を読み直したり(「システムズ」については初読)してたんだけどやっぱあんまりピンとこないな〜となったので、短編集買って自分に合いそうなのを漁ってみた。
・1500ワードほど。

あらすじ

・あるデバイスの取り扱い説明書的な体裁。箇条書きで機器とその使い方の説明が記述される……が。
・デバイスには48文字まで入力可能で、それらは使用者の願いや欲望や思考やアイデアでなければならない。それらはあいまいにではなく、明瞭なことばによって表現されなければいけない。そうして入力された願望を現実世界へ投影してくれる。現実改変装置? 「ある種の翻訳機」みたいなものだという説明がなされる。
・説明書きは途中から願望をことばにすることの難しさと正確性について、読み手を問い詰めはじめる。
・「8 このデバイスを注文したとき、あなたはなにかいいことのために使おうと考えていたことでしょう。誰でも最初はそう考えるものです。しかし、それはあなたが考えているよりも困難です。「いいこと」とはいったいなんなのでしょう? ご存知ですか? その判断をくだすのに、あなたは最適な人物といえるでしょうか?」
・「10 欲望はすべて言葉で表現しうるのか? 欲望することは失うことであるのか? もし、何も失わないのであれば、何も言わなくてもいいのではないしょうか? 私たちがことばにしてきたすべては、これから失われていくであろうある種の表現の一手段にすぎないのでしょうか?」
・「13 あなたが欲していたとしても、説明のできないものがあります。名詞ではないものがあり、動詞ではない行動があります」
・心から言葉へ、言葉から世界へ。それぞれの過程に完璧な翻訳とは存在するのか。
・「『意図しなかった結果』の問題は、「結果」にあるのではなく、『意図しなかった』のほうにあります。意図していなかったからといって、望んでいなかったとはかぎらないわけですから。」
・説明書きはデバイスに触れるように促し、使用者の過去60秒間の衝動を抽出する。*4あらゆる雑多な欲望が入り混じっている。
・「23 あなたの望みが並べられた上のリストをもう一度見てください。なにか漠然としていたり、曖昧だったりするものはありましたか? ない? あなたの言葉の曖昧さが問題ではない可能性はありせんか? 問題があなた自身である可能性はありませんか?」
・「24 正直に申し上げましょう。あなたが本当に知りたいことは、あなたの意志が他人に対してどれだけの力を持っているかということなのです。」「27 あなたが自分自身に問いかけなければいけないことはこれです。あなたはほんとうにいいひとなりたいのか? それとも、いいひとなように見えるだけでいいのか? 自分にとっても他人にとってもいいひとでありたいのか? 他人のことはまったくどうでもいいのか、常に配慮しなければならないのか、たまに気を配るだけでいいのか? それともあなたにとって都合のときだけ? あなたはどんな人間になりたいのでしょう?」
・もう一度思考が読み取られる。今度は使用者の人生の来歴を一から。エイス・グレードのときのフランス語の教科書の記述が挿入され、「いつかフランスのアルザス・ロレーヌ地方に行く」という欲望を思い出す。
・「35 あなたは自分の望みを本当に達成つもりはない。それそのものは。決して。」「37 手に入れたとしても、一度手にすれば、あなたはそれを望まなくなる」。
・そうして、説明書きは「39 あなたはこのデバイスを必要としていません」と告げる。「このデバイスがあなたの望みを正確に果たすことはないでしょう。あなたがこのデバイスの望みを正確に果たすこともないでしょう。あなたが自分の望んでいることを正確に果たすこともないでしょう」 
・「40 満たされない欲望のない人生を送ることがあなたの望みではありません。満たされない欲望のない人生とは、欲望そのものが存在しない人生のことです。…(中略)…あなたは だれ なんだと おもいますか? あなたは何を手にしていますか? なぜ自分の望みを把握したいのですか? これまでの37年で、あなたにはそれを正しく理解するための手段があった、これまでの37年でいつでも自由にこのデバイスを使うことができた……(中略)……そして、夜、あなたは自分自身へ複雑な怒りをおぼえながら眠りにつきつづける。あなたはいつになれば今の自分がまさに自分の望む自分であるという可能性を考えはじめるのでしょうか?」

感想

・思考と言語のファジーな対応関係をつきつめつつ、それを「決して正確には記述しえないあなたの欲望」というテーマへ持っていき、ひたすら技巧でエモみを打ち続ける。型や形式の定まったタイプの文書のパロディは文章センスやストーリーテリングがモロに出る(『FAKES』を読めばわかる)のだけれど、チャールズ・ユウはむしろこういうのこそ得意っぽい。石黒達昌か?(前回は円城塔っていなかった?)

*1:デカメロン・プロジェクト』河出書房新社

*2:『2010年代海外SF傑作選』ハヤカワ文庫SF

*3:『スタートボタンを押してください』創元SF文庫

*4:これらは出力に関係しないテストのようなもので、ちゃんと願い事を叶えたいなら自分で文字にしないといけない?