最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Kevin Wilson, “Blue-Suited Henchman, Kicked Into Shark Tank”(SmokeLong Quarterly, 2009)

・1000ワード弱
・80年代に香港映画界で活躍した白人やられ役俳優(架空)リック・ショーの物語。

あらすじ

・「彼はサニー千葉から三回に渡って顔面に回し蹴りを喰らった。ゴードン・ラウ(劉家輝)は『六峰遊戯 Six Pints of Death』で彼の腕を棍棒で粉砕した。アレクサンダー・フーシェン(傅聲)は『謀殺 Invisble Murder』で〈嘆きの蜘蛛〉の力を借り、彼のみぞおちに一発容れて階段から落とした。マイク・アボット、ブルース・バロン、ジョナサン・ジェイムズ・イスガーについても似たようなことが言えるかもしれなが、1980年代初頭の香港では瀕死になるまで殴られる白人の役ならリック・ショーをおいて他にいなかった ――タン・フイフー著『Kick Flicks: The History Of Martial Arts in Cinema』より」
という架空の映画史の本からの引用から始まる。
・ゴードン・ラウやアレクサンダー・フーシェンは香港映画のカンフースター。サニー千葉とはもちろん、日本の名優・千葉真一の英語名。マイク・アボット、ブルース・バロン、ジョナサン・ジェイムズ・イスガーはゴードン・ラウらと同時期にカンフー映画のやられ役を演じていた白人俳優。
・その日もやられ役の撮影を終えたりリックは眠りにつき、寝言で必殺技を唱えていく。自分が主演の映画を夢見ながら。
・ある日、リックはキャナル・ストリートの闇市で『アリゲーター・コップ』という英語訳題が冠された映画のビデオソフトを見かける。そのパッケージには片腕だけロボットアームに改造されてショットガンを抱えた迷彩服姿の自分が映っていた。リックにはその映画に出演した記憶がない。
「どんな映画だ?」と店主に訊くと「すべてについて、そして無についての映画さ」と返ってくる。
「このパッケージの男が主演(the star)なのか?」「大スター(Big star)だよ」
・リックはビデオを買い、家に帰って観はじめる。たしかにリックは出演していたが、迷彩服でもショットガンでもロボットでもなかった。彼はそこでもやられ役だった。彼はその映画を記憶していた。別の香港人スター主演のカンフー映画だったのだ。パッケージはねつ造だった。
・その夜も技名を寝言で唱える。故障している自分のボディからワイヤーを抜こうとしている。
・香港で英語教師も兼職しているリックはその日の授業の終わりに、レイチェルという生徒から話しかけられる。「昨日、先生の映画を観ましたよ。めっちゃボコられてた」レイチェルはリックの出演作を前作観ていて、自分のクラスの英語教師と同一人物と昨年から気づいていた。
・レイチェルはリックを映画に誘う。リックの出演作をいっしょに観ようというのだ。リックは断るものの、レイチェルは強引に映画館で待っているからと告げて出て行く。リックも映画館に向かう。
ジャッキー・チェンサモ・ハン・キンポー共演の映画がはじまり、序盤でリックがチンピラ役で出てくる。リックは主演二人に人力車タクシーに叩き込まれる。
・レイチェルは笑う。「最高。リック・ショー(Rick Shaw)を人力車(rickshaw)にぶち込むなんて、メタっぽくない?」
・その晩、リックとレイチェルはベッドを共にし、彼は「人生最悪の決断だった」と後悔しながら、これまで寝言で繰っていたようなカンフーの技の名前をささやく。彼は目覚めながら見る夢の中で敵を待つ。


感想

・ふたたびケヴィン・ウィルソン読みに戻る。
・香港映画の白人雑魚役という珍しいタイプの主人公。やはり、ウィルソンにとってアジアとは「ファンタスティックな異邦」のイメージなんだと思われる。
・夢の中でカンフーの必殺技(だいたい動物がらみ)を口にするシーンが反復され、三度目にそれが「現実」に侵食していくという構成。
・Rick Shaw というネーミングはもちろんダジャレなのだけれど、これ一発で人生がその名付けに縛られていることを示されているのはスマート。