最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Kevin Wilson, "Excerpt from The Big Book of Forgotten Lunatics, Volume 1"(2009)

The Rapture に掲載。
www.therupturemag.com
・1000ワード弱。
同じタイトルの短編が2012年にも書かれているが内容は異なる。「忘れられた狂人大全」という事典からの抜粋という体裁なので、同じタイトルで違う話がいくらでも書けるのだろう。
・今回は「シンクホールの王、ウェズリー・パーティン博士(1877-1958)」の話。シンクホールとは岩盤にいきなり生じる陥没孔のこと。キリストとシンクホールの関係については「Fail」(2019)でも言及されている。

あらすじ

・全身蒼白かつ耳朶が欠けた状態で産まれたウェズリー・パーティンはシンクホールのことを「神の御業のなかでも最もヴァギナっぽい」、「悪魔がペニスで地球に開けた穴」、「地球が人間に対する不快感を示す表現形態のひとつ」などと呼び(「これらは実際の発言というよりは彼にまつわる神話のひとつだろう」)、終生シンクホールに対して異常なオブセッションを寄せていた。
・実の父から長期にわたって何度も殺されかけたりしながらも、早熟の才を示して10才である地質学会の会員に選出される。その学会の副会長の妻に耳のない側頭部を触らせ、「どうやって音を聞いているんですか?」と質問されると、「歯で聞いています」と答えたという。彼女が指先で歯をなでると、彼はうずくまった。
・長じてユナイテッド・フルーツ社に職を得た彼は、南米大陸でシンクホールを実地に研究する。その後、1900年にアメリカへ帰国し、ポートランドで催された万国博覧会で歴史上初めて、人工シンクホールを公開する。「石灰岩の層のドリルで穴を開け、そこに酸性の地下水をポンプで流しこんだ」。マスコミから賞賛を受ける一方で、一部では涜神的という非難を浴びる。
・世界各地を講演して回り、ベアトリスという13歳の聾唖の少女と帰国し、マスコミに彼女との関係が取り沙汰される。
・彼は景観に変化やダメージを及ぼさないシンクホールのことを「神のシンクホールではなく、キリストのシンクホール」といった。神の御業になら込められているはずの怒りはなく、子どもが父親におもちゃの化学セットの実験結果を見せるような無邪気なものであるから。
・「Sink とは、完全なる破滅や崩壊のことである。(Sink-to bring to utter ruin or collapse.)」
・パーティンはベアトリスを侮辱した元助手をロックハンマーで殴り殺し、ジョージアのシンクホールに鎮めた。事故に見せかけるため死体に音叉(地質調査用?)を持たせていた。パーティンは逮捕され、実刑十年の判決を受ける。
・出所後、刑務所の中で開発したクラッカーの製造会社を立ち上げるが、経営に失敗して倒産。
・彼の墓碑にはこう刻まれている。「ウェズリー・パーティンここに眠る。地球が彼を抱くかぎり」

感想

・「Fail」でもシンクホールはキリストのひまつぶしだったみたいなことが書かれていたとおもうけれど、ケヴィン・ウィルソンはシンクホールにある種の神秘性を見いだしているのだろうか。
・それはそれとしてモチーフの取り回しがうまい。主人公は身体的にもシンクホールそのものだし、「歯で聞いています」のくだりはおかしさに満ちている。
「Blue-Suited Henchman, Kicked Into Shark Tank」同様、この作品でも「おなじような文章(本作の場合は博士のシンクホールに対する見解)を繰り返し、三度目でちょっとシチュエーションを外す」というのが使われている。内容的にはあまりまとまっている印象のない掌篇だが、構成でまとまりを出している。