最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Kevin Wilson, “The Neck’s What Keeps Heart and Head Together”(2003)

背景情報

・5450ワードほど。
・ケヴィン・ウィルソンがまだ単行本も出していなかった24,5歳くらいのころの作品。
・初出は Blackbird
blackbird.vcu.edu

あらすじ

修道院で下働きしている日本人の母親と暮らすベッキー、ジェニー、キャリーの三姉妹。彼女たちは自分たちを捨てて故郷のルイジアナに引っ込んでしまった父親を恋しがりながら、母親の作るたまごかけご飯や海苔を添えたヌードルなどを食べて質素に暮らしていた。
 イースターの日、三姉妹は修道女から染料で染められたカラーひよこをもらう。それぞれ、ジェニーはピンク色、キャリーは緑色、ベッキーは青色のひよこだった。
 ジェニーはピンクのひよこをピンキーと名付け愛でるが、一週間ほどで死んでしまう。
嘆き悲しむジェニーにベッキーが自分が埋葬してあげると提案し、キャリーといっしょに池まで運んでいく。そこでやんちゃなキャリーがベッキーが制止する間もなく、ピンキーの死体をおもいきり池にぶん投げて沈めてしまう。
 キャリーの緑のひよこはところかまわず糞を撒き散らす癖があった。耐えかねた母親はどうにかするようにとキャリーに言いつけ、彼女はチューインガムを噛んでひよこの尻穴にはっつけるという暴挙に出る。糞は消えて、母親はキャリーを「ひよこのしつけがうまいのね」と褒めるが、翌日、ひよこは溜め込んだ糞で腹をぱんぱんに張らせて死んでいた。
 ベッキーは緑色のひよこを土に埋めてあげる。翌日、埋葬場所を覗いてみると、墓は野犬によって暴かれていた。その野犬はかつてベッキーが拾って可愛がっていた野良ネコを(おそらく)死に追いやった(腸をぶちまけて死ねないでいたそのネコに、ベッキーは自ら石を落としてとどめをさしてあげた)過去があり、ベッキーは野犬がひよこといっしょに糞の塊も食べていますようにと祈る。
 ベッキーは青のひよこは染料も抜け、りっぱなニワトリに成長した。動物ぎらいの母親もニワトリをかわいがるようになり、家族みんなでニワトリが餌をついばむのを眺めるのが団らんのひとときとなる。
 近所に住む引退した元郵便局長のジェフリーズ老人は散歩中のニワトリを見て、「フライドチキンにちょうどよいおおきさに育ったね」とベッキーにいう。ベッキーは「食べ物じゃない、ペットです」と反発するが、老人は「ペットだろうさ、でも食べちゃいけないってことはないだろう」と笑い、ベッキーの母親にもニワトリをしめるべきだと助言するが、母親は拒む。
 そんな折、ルイジアナの父親がこちらに来ると母親が告げる。三姉妹と母親は喜び勇んでジェフリーズ老の車に乗り、空港まで出迎えにいく。しかし、予定された便から降りる乗客を最後まで数えても、父の姿はなかった。
 ジェフリーズはベッキーにだけ今回のいきさつの裏話を教える。ベッキーの母親はこのところ夜な夜な父に電話をかけていたのだが、そこで父親の渡航費用に使うと騙されて修道院で働いて貯めたお金をすべて送金してしまったのだ。ジェフリーズは母親に渡そうとして断られたお金をベッキーに「母さんが立ち直るまでどうにかこれでやりくりなさい」と渡そうとするが、ベッキーもそれを拒絶する。
 母親はすっかり意気消沈し、ほとんど何も口にしなくなる。貯金を使い果たしてしまったため、娘たちに与える食事もニンジンと米のご飯だけになる。そんな生活が数日続いたある日、母親はジェフリーズの家に行き、何事かを話し込む。ベッキーは最初、前に断ったお金をやっぱり受け取ろうとしているのか、と考えるが、どうもそんな様子ではないと気づく。
 母親は娘の部屋に押し入り、ベッキーが止めるのも聞かず、ニワトリを取り上げ、裏庭で殺す。
 翌晩、ニワトリの肉が食卓に出る。ベッキーは黙々と肉を食べ、その後、自分の部屋で泣き崩れる。ニワトリの味は大好きだったが、そのことを彼女は母親に伝えることができない。


感想

https://shonenjumpplus.com/episode/3270375685341574016

・主人公はベッキー。最初は三姉妹のひよこエピソードが並列に語られていき、後半から完全にベッキー視点に。
アメリカ人と結婚して渡米してきた日本人の母親、という設定は(こちらは祖母だが)「ツルの舞う家」(『地球の中心までトンネルを掘る』東京創元社)と似ている。どちらもあまり恵まれない境遇からろくでもない男にアメリカへ連れ出され、現地に溶け込めないでいて、子どもたちともどこか馴染めない、という点で共通している。ちなみに「日本人の母親を持つ三姉妹」という設定も“Door to Door” (Kenyon Review, Vol. 39, No. 4, July/Aug 2017)に出てくるのだが、こちらは未読。
・食事シーンが印象的。ベッキーは母親の食べさせてくれる日本食があまり好きではなく、バターで調理したニワトリの肉を大好きになってしまうのだが、母親には言えない。それは「母親がもうそれを知っているから」というのもあったのだろうが、異国の地で孤独な母親が、ほんとうにひとりぼっちになってしまうのを感じたからでもあるだろう。
ベッキーは動物好きという設定。にもかかわらず、動物が物語内で計四匹(三姉妹のひよこと昔いたネコ)死ぬ。それもかなりグロいというかエグい形で。ベッキー自身も精神的にかなり残酷な目にあう。ニワトリは食べるために殺されるのが運命なように、彼女は酷薄な父親に見放され、母とも通じ合えないと決まっているのだろうか。
・そうなると修道院が舞台というのも示唆的。ケヴィン・ウィルソン作品にはキリスト教的モチーフが最初期から出てきており、神そのものが出演する話もある。

・昨日でケヴィン・ウィルソンのオンラインで読めるぶんの短編はすべて読み終わりました。あとは第二短編集の Baby, You're Gonna Be Mine やアンソロ収録作を読んでいきたいですね。それらを読んでるあいだに長編作では唯一未訳の Perfect Little World が出てくんないかなあ、出ないですかあ、そう。