最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Kate Folk, "Out There"(2022)

背景

・7400ワードほど。
・初出は The New Yorker
www.newyorker.com
・ケイト・フォークは2011年にサンフランシスコ大学でクリエイティブ・ライティングの修士号を取得したのち、The New Yorker、Granta、McSweeney's といった一流誌に作品を発表し 、2022年にデビュー作となる短編集『Out There』を上梓。本作はその短編集の表題作になっている。作中に出てくる blot という技術とそれを使った詐欺については短編集に収録されている別の短編("Big Sur")にも使われているらしい。
NYタイムズのレビューによれば「ホラーとユーモアのバランス感覚がシャーリー・ジャクスンとよく比較される」らしい。物語内容や研ぎ澄ませ方はシャリジャク(シャリジャクって略す人初めて見た)とぜんぜん違うのだけれど、言いたいことはわからないでもない。

あらすじ

サンフランシスコに住む語り手は Tinder でサムという男性と知り合い、付き合うことになる。サムはあまりハンサムではなく、さして清潔感もなく、なにより語り手の過去にあまり興味を示さなかった。彼女はサムの無関心さが気に入っていた。
付き合って一ヶ月ほど経った頃、友人たちにサムのことを教えると、「その人ってブロットじゃないの?」と訊ねられる。
ブロット(blot)とは、デート詐欺を働くバイオヒューマノイドだ。基本的にハンサムで感じがいい。もとは老人や病人の介護用に開発されたものだったが、あるロシア企業がその技術を違法に悪用し、女性を誘惑してのデート詐欺(ターゲットの携帯やパソコンをハッキングして個人情報やクレジットカード情報を抜き取る)を働かせるようになっていた。今やマッチングアプリで出会う男性の半分はこのブロットであり、語り手の友人にも被害者がいた。
語り手はサムはブロットではないと必死に説明しようとし、彼にはちゃんと住んでいる場所があり(初期のブロットたちはホームレスで公園などをぶらついて夜を明かしていた)、ハンサムでもなく、性格的にも非合理的でまったくブロットらしいところがないと主張する。
それでも友人は「テクノロジーは日々進化しているからね。気をつけるにこしたことはない」と疑いをやめない。事実、ブロット詐欺の手口はどんどん巧妙化しており、多少欠点を兼ね備えた「人間らしい」ブロットも現れていた。
語り手もどこかで疑いを捨てきれないでいる。携帯電話とラップトップは就寝中も自分の手の届く、しっかりとした場所に保管し、彼の言動の「ブロットっぽくなさ」に一喜一憂する。語り手はドラッグ中毒だった自分の父親についての辛い過去をサムと共有し、より親密な関係になることができたと思う。
あるとき、語り手の提案でふたりで旅行へでかける。そこで語り手は元カレの話をするが、サムは「他の男の話は聞きたくない」と不機嫌になる。語り手は「あなたの過去について聞きたい。元カノの話とかをしてほしい」と乞うが、サムは「いきなりセラピーみたいなこというね」と笑う。
「セラピーを受けたことあるの?」と語り手。
「何回かね。元カノと。カップル・カウンセリング」
「どうだった?」
「感情について話すのは得意じゃないんだ。そんなふうに育てられてこなかったから……」
このときからサムと自分のズレが語り手のなかでだんだん大きくなってくる。彼女は旅行のあいだじゅうずっと、「彼が隠している彼のやわらかい部分」を吐露してくれることを期待するが、結局そのときは訪れない。
もはや語り手にとってサムがブロットであるかはどうかは問題ではなかった。「サムはターゲットと適切な距離をとることで長期的な欺瞞関係を築くことを狙う新手のブロットなのかもしれなかったが、もうそんなことはどうでもよかった。」
サムとの破局を予感させる形で物語は終わる???

感想

・愛する相手が人間ではない(AI)かもしれない、あるいは向けられている愛情が本物でないかもしれない、という疑念を描く話は普遍的にあって、本作もそのうちのひとつではある。最終的に対象が(良い意味ではなく)悪い意味で偽物かどうかはどうでもよくなるのはあんまり見ない気がする。
・マッチングした相手の情報を根堀葉堀訊いてくる感じのいいハンサムとは要するにセックス目的でナンパしてくる男性のメタファーなのだと思われ、物語中ではそうした即物的な関係ではない長期的な関係を気づけるパートナーを「人間の男」として対置する。だが、その「人間の男」、無関心で弱い部分を含めた自分自身をけして相手に開示しようとしない存在は果たして本当に「望ましいパートナー」なのか……? と投げかけてくるひねくれ具合がよくあるAI恋愛もの以上作のユニークさを作品に与えている。
・ひねくれ具合と言えば、主人公である語り手のめんどくささもなかなかよく出来ている。相手がブロットではないかという疑心と相手が「本物の人間」であると信じたいという希望のあいだで感情がよくわからなくなっていくし、旅行先で三十代後半とおぼしきパッとしない容姿(average-looking)の女性がハンサムで若い男性と連れ立っているのを目撃すると、サムに「あの男のほう、ブロットだと思わない?」と断定的に問いかける(サムはブロットがなんなのかを知らない)。そのあとで再度同じカップルを見て、早くブロットが女の個人情報を盗んで蒸発すればいいのにといらだつ。そもそも男が本当にブロットかどうかもわからないのに。
・blot は本来シミとか汚れとかの意味。作中では「なにかの頭文字だろう」と言われているが、詳しいところはわからない。
・ちょっと待てばハヤカワあたりから翻訳されそうな気がする。

Out There: Stories

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