最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Rick Moody, "Primary Sources"(1995)

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概要と背景とあらすじ

・初出は The New Yorker
・著者のリック・ムーディは1961年生のアメリカの作家。日本ではカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞したアン・リー監督の映画『アイス・ストーム』の原作者として知られていて、翻訳も『アイス・ストーム』のみ。アメリカでは一定の評価を獲得している作家で、自叙伝を出したときはマイケル・シェイボンとピンチョンに賞賛されたらしい。


・で、その『アイス・ストーム』を出したあとに発表された Primary Sources。これは見てもらったほうがはやい。

 
・このように本の巻末にあるような参考引用文献(一次資料)形式でさまざまな本*1がリスティングされ、そこに注釈が30個ほど打たれている。注釈の内容はほとんどが著者リック・ムーディとその本との交わりや思い出についてで、通して読むと著者の人生が浮かびあがってくる。
・たとえば、ジョン・チーヴァーの The Journals of John Cheever ではこんな具合。「註11. 寄宿学校の卒業プレゼントとして、私の父がヨーロッパへの小旅行をプレゼントしてくれた。二週間。私は旅という行為にちょっと怖気づくところがあって、まあ今もそういう感じなのだが、ロンドンではハイドパークでほとんどの時間を過ごしていた。十五ペンスで一日椅子を借りられたのだ。私の The Stories of John Cheever *2は図書館からの除籍本でまだシールが残っていて、これも父からもらったものだった。あれから英国には行っていない」。*3
・他にも大学時代の恩師の本についての註釈ではその先生から受けた最後の講義が描かれたり、スタン・リーのアメコミについての註釈では引っ越しの多かった子ども時代にヒーロー物のアメコミに熱中した思い出が語られていたり。


・註釈芸文学の類で、ナボコフの『青白い炎』のバリエーションといえばそうなのだけれど、それを参考引用文献のリストでやろうとしたのはアイデアですね。本作のなかで描かれるリック・ムーディは幼いころから本の虫で長じて作家になる人物なだけに、こうした特殊なスタイルが「読んできた本=人生」というテーマにフィットしている。他人の本棚を見ているような小説。一本のストーリーとしてわかりやすく書かれているので、読みやすい。

*1:バルト、ボルヘス、アンジェラ・カーター、ルイス・キャロル、チーヴァー、リディア・デイヴィスデリダ、ギャディス、ホーソーンプラトンフィッツジェラルド等など。

*2:誤記ではない。ここではリストにある The Journals of〜 ではなく The Stories of 〜になっている

*3:NYタイムズのインタビューによると、自作の『アイス・ストーム』がよくジョン・チーヴァーと比較されることについて「ただ好きなんじゃなくて、本当に心の底から好きな作家なので、比較されるとイライラする」と語っている。https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/books/01/02/25/specials/moody-audio.html