最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

George Saunders, "I Can Speak!™"(1999)

ベイビーペンギン、しゃべる!

前書き

・『Disco Elysium』にあらゆる余暇を潰されているので未邦訳短篇を読むなんてヒマの極みみたいなことやってんらんないのよ。
・別に未邦訳短篇ではなくてもいいのだけれど、先程言ったとおり『Disco Elysium』にあらゆる余暇を潰されているので何もできない。
・というわけで、ストック分を放出します。以前取り上げた『FAKES』よりジョージ・ソーンダースの I Can Speak!™ 。『FAKES』のなかでも白眉のひとつです。
motz.hateblo.jp
・ちなみにストックはこれで払底しました。

概要

・2300ワードほど
・初出は The New Yorker。
www.newyorker.com
・KidLuv という企業が開発した乳幼児英才教育用のツール i can speak™。
 その利用者であるルース・ファニグリア夫人が返品要求の問い合わせを行ってきたのに対し、 KidLuv のプロダクト・サービス担当者であるでリックから送られてきた手紙、という体裁。だんだんと明かされる i can speak™ の詳細がグロテスク。
太宰治とは特に関係ない。

メモ

・「いただいたお手紙の質問についてお答えします」と慇懃に書かれてあるが、一方で「私の個人的な時間(ランチ中です)を使って」とそこはかとなく恩着せがましい。
・「お客様はこれが赤ちゃんの心を読むことが出来る製品だと思っていませんか? 私どもの製品はお客様の赤ちゃんの心を読むことはできません。赤ちゃんを少し年齢より高めに見せているだけです」
・手紙を通して I Can Speak!™ の詳細が明かされていく。5000以上の回路と390の可動パーツからなるマスクで、それを乳児にかぶせると視覚パターンに反応し、擬似的な唇を動かして実際に赤ちゃんがしゃべっているように見せかける。早期教育の効果があるとかなんとか。
 たとえば、近くで親が「なんておいしそうな桃なんだ」といったら、アイキャンスピークは小さな孔から「わたしは桃が好きです」と返す。(より高級なモデルでは「フルーツは主要食品群に含まれていないんじゃないんですか?」と返すらしい)
・ファニグリア夫人はそれに「本物の赤ん坊ぽくない、神経質な中年女性みたいな顔だ」とクレームをつけているらしい。手紙では「中年女性には(1)頭に髪の毛がなく(2)頬がぽってりしていて(3)顔に綺麗なうぶげが生えているものでしょうか?」などと木で鼻をくくったような返しをする。
・リックは無料アップグレードを提案する。「ICS2100を使えばあなたの赤ちゃんはあなたの赤ちゃんそっくりに見えるようになる」。赤ちゃんの顔の型取りして石膏模型を作るのだ。さらに実際の赤ちゃんの声を合成してオリジナルの音声を作れる。かなり複雑で気の利いた(リック曰く)会話もこなせるようになる。「アインシュタインの発見の重要性はまだ十全に理解し尽くされていない可能性がある!」とぼやくこともあるかも。
・赤ん坊は自分以外の声が自分から発されていることに違和感を感じるかもしれないが、赤ん坊も自分の口の近くから知的な音声が発されているのを聞けばすばらしい気分になれると説く。
・手紙の社員は強制的に社から i can speak™ を割引なしで購入させられ、老人ホームにいる自分の母親にもつけているという。
・ファニグリア夫人に対し、返品をどうしても希望するなら「私のコミッションを上司に返さなければならない。あなたの気にすることではないが……」と迂遠に泣き落としで引き留めようとする。


・こういう執筆者の狂気みたいなのを醸し出してくるものはよく見るけれど、そこにペーソスをブレンドしていく手際は卓抜している。傲岸なんだか不憫なんだか。さすが現代アメリカ短篇作家の神。