最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

'Rand Washington(1919-2000)', Ryan O’Neill

【前説】

・短編集……というか、架空評伝集『Their Brilliant Careers』 より。本のタイトルはマイルズ・フランクリンの『我が青春の輝き(My Brillian Career)』*1のもじり。
・16人の架空のオーストラリア人作家の小伝が集められたアンソロジーからの一篇。本作はあきらかにボラーニョの架空評伝集『アメリカ大陸のナチ文学』が意識されており、本編中でも『ナチ文学』に出てきた作家がカメオ出演している。とりあえず一篇読んだだけなので、他の作品でもそうなのかは不明。
 ・ChatGPTに「『アメリカ大陸のナチ文学』みたいな作品教えて」と頼んだら出てきた。この手の質問はちょっと前まで存在しない作品やあさってな作品が推薦されがちだったのだけれど、マジで『ナチ文学』オマージュ作品を薦めてきてくれてびっくりした。
・作者のライアン・オニールはこの短編集でオーストラリア最高峰の文学賞のひとつ(リチャード・フラナガンなども獲っている)であるPrime Minister's Literary Awards を受賞した。

【あらすじ】

・ランド・ワシントン(1919〜2000)
 ・1930年代から続いたSFシリーズである〈コー〉(Cor)サーガで有名な、オーストラリアSF草創期の作家のひとり。若くしてナチズムに傾倒し、ながらく人種差別的な右翼作家として見なされていたが、晩年になってリベラルに転向してフレッシュなSFをつぎつぎとものし、メインストリームで名声を博した。
 ・本名、ブルース・アルフレッド・ボッグスニューサウスウェールズ州ウーロンゴン生まれ。貧しい家に生まれ、警官の父親から日常的に虐待を受けて育ったが、その一方で若くしてアル中で死亡することになる母親からH・G・ウェルズを紹介され、その作品を通読。さらにアメリカのパルプ雑誌を読み漁り、作家としての素地を培った。その後、パルプ探偵小説の広告についていた肉体改造の通信講座を受講して、サーカスから勧誘されるほどムキムキに身体を鍛え上げた。
 ちなみにアマチュア時代の彼はラブクラフトに習作を送り、彼からたびたび批評をもらっていたのだが、少年のあまりに偏った人種観に人種差別的な傾向が指摘されるラブクラフトでさえうんざりしてしまい、交流は途絶えてしまう。しかし、ラブクラフトとウェルズへの愛が彼をSFへの道に進ませる。
 その後、息子の文学的野心を否定し、無理やり自動車整備工の見習いに出そうとしていた父親が夜間警備中に不審死を遂げる。その死体の頭部は素手で切断されたような状態だったという。
 ブルース少年は警察組合から受け取った保険金でシドニーに引っ越し、そこでアパートを借りて執筆生活に専念することに。彼が16歳のときだった。翌年に彼は「ランド・ワシントン」の筆名でパルプSF雑誌『ボンザー・サイエンス・ストーリーズ』誌に処女短編が5ポンドで採用され、デビューを果たし、初期のオーストラリアSF史に名を刻んでいくことになる。ちなみに『ボンザー』誌はオーストラリアへ移住した元ドイツ軍人ジェイムズ・スミス(ドイツ時代はシュミット)によって創刊された雑誌で、ランドはこのスミス編集長から英語版『我が闘争』(ヒトラーのサイン入り)を手渡され、国家社会主義の薫陶を受けることになる。37年に上梓した初長編『Whiteman of Cor』にはナチズムが色濃く反映されている。ちなみに本作は〈コー〉サーガの第一作目でもあった。
・『Whiteman of Cor』のあらすじはこんなかんじ:宇宙開拓をめざす国家〈オースメリカ〉の調査員として派遣されたバック・ホワイトマンは危険な砂漠の惑星コーに不時着する。そこではベルフェム・ブランチ王女率いる〈白人(White race)〉が、〈アーゴボリン〉と呼ばれるものたち(「野蛮で邪悪な黒人の部族」と作中では描写されている)に奴隷として支配されていた。
 ホワイトマンは反乱を策動し、王女を救出したのち、〈白人〉の新たな〈コーの白き指導者(White Master of Cor)〉 として君臨し、〈アーゴボリン〉たちにする絶滅戦争をしかけていく。
・『Whiteman of Cor』は強烈に人種差別的な内容と粗雑な文体にもかかわらず、一年で六刷されるほどのヒット作に。人気シリーズとなった〈コー〉サーガはその後の十年で二十五作が出版され、ドイツ語訳もされた。しかし、わずか200ドルで〈コー〉サーガの権利をスミスに売り渡してたランドには成功に見合うだけの金が入ってこなかった。
・しかし、皮肉にもスミスの破滅がランドを救う。40年代に入ると戦争とそれに伴う紙不足により、親ナチ的だったスミスの出版社は倒産に追い込まれてしまい、スミス自身もアパートから飛び降り自殺を遂げる。自殺前夜に書かれた遺言には遺産をすべてランドへ譲ると書かれており、さらに〈コー〉の権利もランドへ返還されることに。
・スミスの死後、ランドは出版社を再建し、42年にファウンテンヘッド・プレスとして再スタートを切る。彼は敵国である日本への嫌悪感に目をつけ、〈イエローデビル〉たちが〈ピュア・ホワイト〉族を迫害している星を、ホワイトマンとその恋人であるブランチ王女が解放する新しいシリーズを出版(執筆は主にゴーストライターたちが担った)。ランドは他にもSFにとどまらずさまざまなジャンルのパルプ小説の編集に携わった。
・戦後は収益性の高いロマンス方面にも手を出す。そして、ロマンス誌の編集者として雇い入れたジョイス・レイスという女性に熱中し、何度も求婚を断られるも、彼女の父親の書店が不審火で消失して破産宣告されたあとに彼女が承諾し、ふたりは結婚。このとき、ランドは義父の借金を肩代わりしたという。
 49年に息子のガルト(Galt)が生まれると、戦後のベビーブームに合わせて「ベビーパルプ」(そんなジャンルあるのか?)のラインも新設。すでにSFの売上を超えていたロマンス誌ともどもファウンテンヘッドの売上を支えるように。
・しかし、パルプ業界は徐々に衰退していき、56年に会社をクーカバラ・プレスに15000ポンドで売却。その金を元手にランドは『サタデー・イヴニング・ポスト』や『ハーパーズ』といったアメリカの高級誌をモデルとした保守雑誌『クォーター』誌を立ち上げる。もともと右翼的な人物として認知されていたランドの新雑誌に対し、左派の作家たちはボイコットを呼びかけたという。
・1950年代にも〈コー〉サーガはほそぼそと継続していたが、このころには人種差別的SFパルプの市場はほとんど残されていなかった。
 作家としてのランドは次第にノンフィクションに注力するようになっていく。しかし、いずれの作品も失敗に終わり、彼はスランプに陥る。そして、あるとき、ウルルへ旅行し、そこで「銀河の支配者」のビジョンを幻視し、その至高存在から「トランスボイド主義の福音」の伝道者として選ばれる。
 ウルルから戻った彼は『クォーター』にトランスボイド主義のマニフェストを発表。仇敵である左派だけでなくこれまで彼の味方だった人物たちからも反発を受ける。
 多くの人々は彼の「回心」を嘲笑ったが、彼のトランスボイド主義は衰退しつつあった60年代末のシドニーのエリート層でひそかな人気を博す。そして、彼はニューサウスウェールズの田舎に購入した広大な敷地にトランスボイド主義のコミューンを作り、100人以上の信者と共同生活を送るようになる。ちなみに妻のジョイスは70年に交通事故で亡くなっていたが、これをランドは「彼女の信仰心の欠如」によるものだと信者に説明していた。
 ランドは「自分はあらゆる病気や怪我を治す奇跡の力を支配者から与えられた」と主張していたが、その直後にベトナム戦争で息子のガルトが手足を吹き飛ばされ、信者からその治療の実演を要求されても断ったので、信者のあいだで不信が高まり、七割の信者が離脱。
 その後、ついに奇跡を実演すると宣言したが、その夜に弟子たちが激しい腹痛と下痢に襲われ儀式の実行が不可能に。ランドははじめ「支配者の怒り」であると主張したが、やがて信者たちの食べ物に下剤を混ぜたことを自白し、逮捕・起訴。三ヶ月の懲役を宣告される。その後、彼は元信者たちから訴えられて破産の憂き目に。その後の十年ほどは息子の軍の恩給と障害者給付に頼って食いつなぐ。
・1982年に短編「The Van[qui]ished」でひさしぶりSF誌に掲載される。この作品は未来の宇宙で異星人と戦う兵士によって語られる形式で、その兵士は戦闘中に謎めいた赤い光線を浴び、最初は何の影響もなかったのだが、数週間後に地球で休暇を過ごしている最中に身体の一部が次々と消え出す。最初は左脚、次に右脚、そして腕といった具合に。消失は全身へと及んでいき、絶望に追い込まれていく彼の慰めはもはや母親の記憶だけだったが、その母もすでに死んでしまっていた。そして、物語は語りの途中で終わる。
 これまでの文体や作品傾向とまったく趣を異にしたこの短編は、ランドの最高傑作として絶賛を受け、その年のオーストラリア年間SF傑作選に採録され、さらにヒューゴー賞の短編部門を受賞する。*2
 これを機にランドの作風と評価は一変する。黄金期SFのポストモダン的解釈を行った前衛的なSFや、人種やセクシュアリティの複雑な問題をアツかったファンタジーなどでそれまで作家人生でまるで縁のなかった主要SF賞をつぎつぎと席巻していく。
・一方で、彼の打ち捨てた〈コー〉サーガは南米の若者層で新たな読者を獲得していた。88年にグアテマラのSF作家グスタボ・ボルダ*3の序文により、アルゼンチンの右翼系出版社から〈コー〉の全シリーズが翻訳出版される。ランドは南米では右翼作家として俄然認知されるようになり、保守派の文芸雑誌からつぎつぎと寄稿依頼が舞い込む。
・その後、彼は息子との共著となる自伝を執筆している最中の1989年に脳卒中をおこし、全身麻痺に陥る。そして、手足のない息子ガルトに生活を依存することに。
 財産の管理を任された息子は『クォーター』をルパート・マードックへ売り払うなどして、家の改装費用と父親の看護師費用を賄う。その後、ガルトは一本立ちして小説を出版するようになる。それらの作品は父親の晩年の作品とよく似ており、高い評価を受けたが、賞を受けるにはいたらなかった。その後、ガルトは慈善団体を設立し、南米における〈コー〉サーガの莫大な印税などをゲイや先住民、難民の支援などに寄付した。
・車椅子に縛られるようになって以後のランドはオーストラリアにおける社会正義デモに彼の世話係の看護師と息子を伴ってよく顔を出すようになる。2000年には息子と看護師の同性婚をオランダで祝福。式のあいだじゅう、ランドは涙を流しっぱなしだったという。そして、その年の2月、ランドはシドニーで開かれた同性愛カーニバルの山車に乗っている最中に死去。遺言に従い、彼の妻の隣に埋葬され、棺には『Whiteman of Cor』の複製が収められた。

【感想】

・いろいろと仕掛けが(わりと一読してわかるように)施されてある短編。
・まずこのランドという人はかなりヤバいやつ。彼が人生の行き詰まりかけると、その原因となっている人物が都合よく死にまくる。最初は彼の父親、次にメンターで出版社の社長であったスミス氏、そして、妻。
 ・父親は「首の骨を折られ、切断された」状態で発見された。またスミス氏は「閉ざされた窓をぶちやぶって飛び降り自殺」していた。これらの不可解な死亡状況に、ランドが「通信講座でマッチョになっていた」という情報を組み合わせると導かれるのは、「ランドが邪魔になった人間をおのが手にかけまくっていたのでは」ということ。
・また、彼がカルト村失敗後に作家として再起するくだりもあやしい。作品には彼の忌み嫌っていたリベラル性や同性愛的傾向が見られるようになり、これまでとは打って変わって文体や文学性も備えていた。息子のガルトが同性愛者であったことを考えると、彼がゴーストライターとして80年代のランド作品を執筆していたことは確実だろう。「The Van[qui]ished」で描かれた身体消失や母への思慕は、ランドよりはガルトに近い題材でもある。
・当初はランドが三肢欠損していた息子の才能を食い物にしていたのだろうが、ランド自身が全身麻痺に陥ってからは逆にガルトがランドを利用するようになり、ランドの意にそわない左派的なイベントなどに出席させまくっていた。母親を殺し、自分を「軟弱者」と罵っていた父に対する息子なりの復讐でもあったのだろう。因果応報である。
・ちなみに戦前・戦中のSF作家が差別的だったというのはわりとありそうな話で、ランドのパルプ時代の作品のモデルであろう『コナン・ザ・バーバリアン』のロバート・E・ハワードも初期には白人至上主義・黒人差別的な傾向が見られたという*4。まあ、あとハインラインとか、キャンベル*5とか、ポール・アンダースン*6とか……まあパルプ時代なんて大体人種差別的でゲイフォビアで女性蔑視的だったのでしょうけれども。おもえば差別的な傾向は始祖たるウェルズの時代から孕まれていたもので、常にSFジャンルにつきまとう問題として指摘されてきた。この架空小伝はそうした歴史のパロディともいえる。(ちなみに作中で少年時代のランドが「ラブクラフトがドン引きするほど人種差別主義者だった」と描写されているのは作者なりのギャグっぽい)
・戦中に敵性国民である日本人を悪役として描いたパルプでひとやま当てるのはそれっぽい(戦時中は日本もアメリカもさまざまなフィクションで互いをディスりあってたし、オーストラリアにも当然そういうのはあったはず)のだけれど、特にオーストラリアっぽいのは戦後もその黄禍論的シリーズが継続していたこと。
 ・去年、オーストラリアに行ってわりと初めて知ったのだけれど、オーストラリア人は太平洋戦争のときの日本人に対してかなりトラウマを抱いている。それまで戦争といえば「他人(主に宗主国だった英国)の戦争」で、ガリポリの戦いが史上最大の悲劇扱いされていたオーストラリアで、ほとんど唯一「本土侵攻」*7を受けたのがあの戦争だったわけで、戦後も長い間日本人に対してかなり警戒心が高かったのだとか。
・ランドのナチズムへの傾倒は『アメリカ大陸のナチ文学』の背景としてラテンアメリカにおけるナチズムの浸透があったように、オーストラリアでもそういうのがあった、ということをパロディにしているんでしょうね。よく知らないんで推測ですが。
・それにしても筋肉と暴力で人生を切り拓いていくパルプ作家、ヤバすぎる。
・オーストラリアのSF作家といえばグレッグ・イーガンくらいしかおもいつかない*8のだけれど、この短編読んでるとわりとオニールもSF好きっぽいし、意外とファンの多い土地なのかもしれない。
・短編としては、形式に対してあまりにもわざとらしすぎる印象があるのが玉に瑕。

*1:岩波少年文庫から邦訳あり

*2:実際のその年の受賞作はジョン・ヴァーリイの「プッシャー」

*3:ボラーニョの『アメリカ大陸のナチ文学』に出てくる架空の作家

*4:https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_E._Howard

*5:ディレイニーの小説を「読者は黒人小説なんて読まない」という理由で拒否したことで有名

*6:ホモフォビアだったそう。https://www.publicbooks.org/samuel-delany-on-capitalism-racism-and-science-fiction/

*7:といっても北部の海岸線をちょっと爆撃された程度

*8:あとキソコレに入っているマーゴ・ラナガン。ちなみにランドの同世代的にはA・バートラム・チャンドラーがいるのだとか