最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Ottessa Moshfegh, "A Dark and Winding Road"(2013)

・初出は Paris Review。読んだのは短編集 Homesick for another world

妊娠中の妻と喧嘩した弁護士チャールズは家から飛び出して両親の所有していたキャビンで週末をやりすごそうと決める。マリファナを吸いながら弟のMJのことや学生時代に寝取った友人の恋人のことなどをとりとめもなく思い出していく。そして、あるときいきなりキャビンのドアがノックされる。開けると見知らぬ女・ミシェルが立っており、MJはいるかと尋ねる。チャールズはなぜかそこで向こうを張って「自分はMJと友人でホモセクシャルの関係にある」と嘘をつき、ふたりでMJの帰りを待つ。結局、MJは戻ってこず……。*1

序盤から話題があっちこっちに飛んで一貫性がないように見えるが、語り手はどうも「自分の結婚式以来会っていない」はずのMJに執着しているふしがある。チャールズは子供の頃から優等生で、大学を出て不動産関係の弁護士となり、けっこう良い生活をしている。一方でMJはドラッグで高校を中退してアウトレット量販店で働くという典型的なドロップアウトなのだが、成功者であるはずのチャールズはMJは男らしい guy's guys だといい、よく faggot 呼ばわりされていた mother's type の自分と対比させる。チャールズにおけるMJの思い出は男らしさというフィルターを通して憧れと嫉妬の入り混じったものになっていくのだけれど、そこにミシェルが登場することでさらにややこしくなる。MJと深い仲(であると推測される)彼女に対抗心を燃やして自分こそMJの恋人であると見栄を張り、「彼はジャンクフードが好きなんだ。そういう子供っぽさがいいんだけどね」と物知り顔でうそぶく。もしかしたら本当に弟に対して恋かそれに似た類の執着を持っているのかもしれないけれど、にしても、さもしすぎる。弟の恋人を偽るきっかけが家探ししていて見つけたディルドというのもなんだかおかしい。



・あいかわらず、どうかしている登場人物のどうかしている話のモシュフェグ節。
・タイトルはキャビンへ続いている道の様子。
・夫婦喧嘩で逃げ出してきたわりにはウキウキでお菓子(トブラローネとか)を持ち込んだりしてピクニック気分。そんで持ち込んだワインの栓抜き(corkscrew)が見つからず、それが何度か言及される。corkscrew という言葉は性的なスラングも含まれているのだけれど、露骨といえば露骨。
・MJは子供の頃からことあるごとに主人公を faggot 呼ばわりしていた。もとは同性愛者を侮辱するスラングで、クソガキが特に考えもなく口にする罵言としてはポピュラーなのだが、本作の文脈ではそれ以上の含意があるっぽい。同性愛者と名乗る(詐称?)きっかけもミシェルから「あんた fag なの?」と訊かれたからだ。さらに遡ればそれを訊かれるきっかけになったのは小屋の中で所有者不明のディルドを発見したからだった。回想にもセックスにまつわることがちょいちょい混じるし。語り手は明言しないのだけれど、なんらかのオブセッションがある?
・とりとめのない話をだらだら続けて中盤あたりから異物としての他者がいきなりあがりこんでくるのはこの短篇の1つ前の The Weirdos と似たような構成。そもそもそうした構成が巧いかどうかはともかくとしてThe Weirdos よりハマっている気がする。


*1:よみおとしていたのだが、ふたりはヤることになる