最後の短篇企鵝の剥製

読んだ短篇についての雑な覚書を書くペンギンは絶滅しました。本博物館では、在りし日のタンペンペンギンの姿を剥製によって留めています。

Fernand A. Flores, "Ropa Usada"(2022)

背景

・約2300ワード
・概要:膨大な数の古着が集積してエコシステムというか土地そのものになってしまった場所(倉庫?)で、キャシーという大学院生がネットで売る古着を探してちょっとした冒険を繰り広げる。
・初出は The Common。第二短編集にして最新刊の『Valleyesque』にも収録されている模様。
www.thecommononline.org

・フェルナンド・A・フローレスはメキシコのレイノサ生まれでサウス・テキサス育ち。テキサス大学リオグランデバレー校中退。初長編の『Tears of The Truffle-Pig』は Tor.com で2019年のベストブックの一冊にあげられた
米墨国境地帯を舞台にしたアヴァンギャルドな作風が特徴。ケリー・リンクが推しているらしい。


あらすじ

大学院生のキャシーはネットで古着を売って稼ぐべく、国境近くにあるマキラドーラ地区*1の Ropa Usada(もとは「古着」の意) に向かう。
Ropa Usada はさまざまな古着や生地が地形をなしていて、樹木を含めたあらゆるものがファブリックや衣服できている。地形の素材は絶え間なく変化(たとえばデニムからコーデュロイに)していく。
キャシーはレアなビンテージ品の発見などに沸く人々の脇を通って、途中食事休憩などを挟みつつ、歩みを進める。
手袋の森(「手袋は植生となり、ひとつのエコシステムを形成していた」)の奥、ハンカチの広場で、カスタネットの音に混じり、「あら、もしかするとあれは私たちの旧い友だちのカサンドラ*2?」という声を聞く。
「それはインターネットの古着市場を支配する〈シティ・ガールズ〉の声だった。この Ropa Uasada だけではなく、南部全域が彼女たちの掌中にある。インターネットで衣服を売るときにめんどうごとを避けたいのなら、〈シティ・ガールズ〉に敬意を払うべきだろう」
キャシーは過去に〈シティ・ガールズ〉と因縁があり、二度と関わらないと誓っていたが、今回は取引のためにその誓いを破っていた。彼女は紫色の封筒(中身は謎)を彼女たちに渡す。
さらに〈シティ・ガールズ〉は大皿に載ったドーナツを持ち出してきて、キャシーに「私たちのドーナツに粉をかけろ」と命じる。キャシーは言われるがままにドーナツ皿の横のボウルに入っている白い粉をドーナツにまぶす。まぶしおえると〈シティ・ガールズ〉は嬉々としてドーナツにかぶりつく*3。満足した彼女たちはハンカチの丘で昼寝を始めるため、キャシーを帰す。「行きなさい。ネットで服を売れば、ゆすり(the shakedown)?にあうこともないでしょう」
キャシーは帰り道、なぜこの街に十年以上住んでいるのに自分は〈シティ・ガールズ〉になれないのかと自問し、いやたとえなるチャンスがあっても〈シティ・ガールズ〉になんかなるもんかとツッパる。
そして、出口近くの貧民街っぽい場所(「ホウキやパーカーや安手のコートで作られた小さな家々がたちならんでいた))まで辿りついたとき、目に包帯を巻いた老女に絡まれる。「ハロルド、あなたのお嫁さんが着たわよ」老婆の呼びかけに答え、見知らぬ男性が喜び勇んで出てくる。「これが僕の花嫁なんだね」
キャシーにはどちらも知らない人間だ。彼女は怯えながらあとずさる。
そのとき、足場になっていたフランネルの地面が崩れ落ち、衣服によってできた大波がかれらを飲み込む。
キャシーは浮いている椅子をつかまってなんとか事なきを得る。津波に襲われる前に彼女の頭をよぎったのは、毎月銀行口座から自動で引き落とされる借金と学生ローンのことだった。死を目前にして考えたことが家族でも他の愛する誰かのことでもなく、借金のことだったことにキャシーは哀しくなる。
めちゃめちゃになった村の地面(服)からハロルドが出てきてなおもキャシーに求婚するが、キャシーは「あなたとは結婚できない」と突き放す。
キャシーは出入口に到着する。そこで自分の服が最初着たときと変わっていることに気づく。
万引きで捕まる?かとおもいきや、出入口を警備するバウンサーが「外は寒いから」と彼女にミンクのコートをくれる。
彼女は帰宅する車のなかで「ああいうやさしい人たちがいるから、この世界はなんとか回っているんだよなあ」と噛みしめ、そしてミンクのコートはネットのどれくらいの値段がつくだろうと想像する。

感想

・メキシコとアメリカの格差を反映したファンタジー短編。『オズの魔法使』みたいにゲートをくぐるとそこには何かも衣服でできた世界が広がっていて……というのはイメージとしては幻想的だが、メキシコの縫製工場のメタファーと考えるとなんともえげつない。
・ちなみに劇中ではキャシーがデニムの道を歩いているときに「絹のカカシや樹皮布でできたライオンが飛び出してくるのではないか」と考えるシーンがあるのだけれど、ここは完全に『オズの魔法使』が意識されている。「我が家ほど良い場所はない」とは『オズ』でのドロシーの結論だけれど、でもその home が地獄だったら?
・『世にも奇妙な物語』かなにかで似たようなシチュエーションの日本のドラマを観た気がする。そちらは完全に衣服を消費する側の視点だったけれど。
・〈シティ・ガールズ〉はギリシャ古典劇の舞台装置みたいなイメージで出てくる。彼女たちはみなスーパーモデルみたいな体型をしていてネットの古着市場、そして Ropa Usada で絶大な権力をえている。彼女たちは良い古着をディグできる審美眼を具えており、トレンドセッター的な役割があるらしい。インフルエンサーというか、そういう立場の人たちなんだろう。キャシーは彼女たちのセレブっぷりに反感を抱いているが、同時に憧れてもいて、そのことを見抜かれている。〈シティ・ガールズ〉はいう。
「この都市に住む人々はみなわたしたちの見つけた衣服によって繁栄している。そして、私たちみたいになりたいと切望しながら、密かにぼそぼそと批判してもいる。ああ、みっともない。ああ、なさけない」
・Ropa Usada を出るときにいきなり知らん老婆と息子から求婚されるのはなんなんだろうか。これもメキシコのリアル(お見合い結婚?)を反映しているんだろうか。
・クソみたいな世界でおもいがけず触れた人のやさしさに感謝しながらも結局は資本主義に乗っかっていかなければならない(だってローンの返済があるからね)というオチは、痛切かつ痛烈。

*1:メキシコ国境沿いに設けられた保税輸出加工区。アメリカ向けの輸出加工品が優遇される。ティファナ市など

*2:キャシーとはカサンドラの愛称

*3:ドラッグをキメているっぽい